「あなただけの物語」の大きな効用


インキュベーションキャンプでの語り合いを通じて感じた気付きをもう一つ書いておこうと思います。それは「あなただけの物語」についてです。僕自身他人のピッチを聴く機会は非常に多いので自然とすごく響くピッチとそうじゃないピッチの歴然とした違いに意識的になってしまいます。「似た様な態度で似た様なストーリーなのにどこが違うのだろうか?」
そこで自分なりに考えた一つのポイントは「その人だけが強く語れるストーリーを抱えているかどうかの違い」でした。なかなか説明し辛いのですが、ピッチをしている際のその人の熱意、ストーリーの強度、そのピッチの与える影響力は「汎用的に流通しているトレンドに合致した物語」よりも「その人しか感じ取れなかったその人だけの体験を通じて生まれたストーリー」の方が圧倒的に高いと思うのです。「いや、そんなの当たり前でしょう」と思った方、意外とこれは簡単そうで難しいです!「いや、そんな個人的な物語に耳を傾ける人はいないしビジネスのスケール感が小さく縮こまっちゃうでしょう」と思った方、意外とそうでもないです。

まず、「そんなの当たり前だ!」への反論ですが、例えばインスタグラムの場合は「開発者が自分の猫を魅力的に撮影して他人に見せたかった!」なんていう物語に本当に(ビジネスパーソンとして)共感出来ますか?インスタグラムは非常に成功した製品ですから、案外「なるほど!」と思われるかも知れませんがノーネームで「自分の飼い猫を最高に素敵に伝えられるとハッピーなんだ!」とピッチされて本気で賛同出来るでしょうか?
それでも、一方で実際にインスタグラムを使っていると、その開発意図は非常に良い形で製品機能や製品固有の体験性に結実している様に感じます(それは定量的には測定困難ですが結果として製品成功のコア競争力になっていると思います)。 ですから、開発者はその初心に有ったコダワリを本当に形にした訳ですね。

そして、「そんなのオカシイ!馬鹿げている」への反論ですが、皆さんが覚えていらっしゃる成功したアントレプレナーの物語をよく思い返して下さい。そこには当然共通項や同じと思えるコア部分が洞察可能だったとしても、恐らく、それぞれはそれぞれの起業家の固有の物語の筈です。「ペッツのコレクションを処分したくてネットオークションを始めたeBayのファウンダー」とか分かり易いですよね。長距離電話をタダで掛けるブルーボックスで電話をハックしていたずらしていたジョブズのストーリーなど彼の起業家精神のコアに迫るものかも知れません。

ある時、ウォズの母親からもらった「エスクァイア」誌1971年10月号に掲載されていたブルー・ボックスと呼ばれる装置を使って、無料で長距離電話をかけるというフリーキング(不正行為)の記事を読んだ2人は、スタンフォード大学の図書館に入り込み、AT&T(ベル社)の技術資料を見つけ出して、自分たちでオリジナルのブルー・ボックスを作り上げた。2人は、この装置で長距離電話をかけまくったという。ウォズは、この装置を作ったことで満足したが、ジョブズは、当時ウォズの通っていたカリフォルニア大学バークレー校の寮で、1台100ドルから150ドルで売りさばいていた。装置自体は1台40ドル程度で、大いにもうかったようだが、そのうち銃で脅されるような状態になり、身の危険すら感じたジョブズは、一切の販売を止めてしまう。via Wikipedia Japan

つまり、何が言いたいかと言うと、「あなたがあなたしか語れない物語を磨こう!他人の物語を気にする事無く」って事です。
どうしてもそれをやりたくて起業しても資金を獲得する切羽詰まった状況で、本当にあなただけのパーソナルな物語を振りかざすには相当な覚悟が必要です。いきなり「それが何なの?」と言われそうですし、「流行に乗ってないね、しかもスケールしそうに思えない」って言われたら辛いですよね。
でも、実は、その「あなただけの物語」こそが最終的に製品を通じてユーザーと、ひいては投資家を動かし、あなたの事業を成功に導く最大の競争力の源泉になるんじゃないか?と、僕は思っています。それが「飼い猫を美しく撮ること」でも「自分のペッツを気軽に処分すこと」でも「電話線をハックして長距離電話を好き勝手掛けられること(あるいは大統領と偽っていたずら電話をかける事)」でも、いずれにしても「あなたしか強く感じられなかった何か」を確実につかみ取っている筈です。
また、仮に"同じ物語"の所有者がいても、さらに深く掘り下げ、自分なりに考え抜いた方法論で、より優れた製品を開発しよう!と言う強い動機付けが有れば勝機は有るのではないかと思います。
ビジネス書で当たり前に語られる「全く誰の物でもない架空の他人のストーリー」に付き合うより数万倍生産的でやり甲斐が有ります。