ニッポンのスタートアップを巡って

年末にNHKさんの番組取材を受けたのですが、結構考えさせられる事が多かったので備忘録的に書き残しておきます。
ただ、ここに書いている事は取材の内容を反映しているわけではなく、取材を通じて感じた事や考えた事のメモ書きです。インタビュアーの方が質問された事や発言内容を必ずしも反映していません。

■日本のグーグルとは?

まず、「日本からグーグルやフェイスブックの様なグローバルIT起業が輩出されない」事に関して、、です。
この種の問い掛け/問題提起に触れるたびに思うのですが、そもそもグローバルITを実現する事は全く容易な事ではありません。

http://www.stockmarketmaps.com/ft_global_500/#m=3&cn=13369344&cx=52224&cr=50

上記のリンクはフィナンシャルタイムスのFT500ランキングをセクター別に眺めることができるページなのですが、国内企業で例えると京セラや富士フィルムクラスのスケールにならないと(しかも数年でこのクラスに成長出来る程のポテンシャルを持たない限り..参考資料 国内IT企業時価総額ランキング)、このクラスの企業には並ぶことができません。もちろんワールドワイドで見てもこのクラスに到達するのはごく一部の超高成長企業に限られます。
マザーズの市場全体(2010年末には181社の企業が上場)で見ても、2009年度末の時価総額が1兆5千億前後の現状では全く規模が異なります。
例えば、中国のテンセント時価総額は、マザーズ全体の約二倍ほどありますが、1998年の起業で2004年には香港市場に上場、2009年の末には約10億のアカウントを有していることを表明しています。ですから、国内IT企業が狙っている範囲の成長規模やそれに伴う速度感の範囲ではグローバルIT企業と同クラスに到達する事は非常に困難と言えます。国内に数億規模のUserIDを取りに行く事業計画書を持っているスタートアップがどの程度存在するでしょうか?

では、「日本からそういった規模感のスタートアップが出て来るのは不可能なのか?」と言うと全くそんな事はないと思うのですが、そもそもグローバルITの規模感や速度感を志向している(あるいは志向せざるを得ない様な)スタートアップが存在しなくてはならないのか?これは若干疑問です。
なぜなら、そういうスケール感とスピード感を本質的に追求すると言う事は、ある意味「こつこつ丁寧に」「売上を積み上げて」「信頼と実績を獲得して行く」スモールビジネス的な感覚を何かしら捨てないと駄目でしょうし(「いい加減な仕事を適当に..」という意味ではありませんが、コア価値以外の事業領域を切り捨てる勇気や覚悟が欠かせないでしょう)ドメスティックな事業展開とは全く異なる、ユニバーサルな価値観をローカライズ抜きで事業化していく、ある種の割り切りや見切りが欠かせないからです。

グーグルやフェイスブックが汎用性の高いコア価値を極力スタンダード化することでひたすらスケーリングしている様に、国内市場での最適化/カスタマイズとは全く異なる価値観の組み替えが出来ない限りグローバルITの成長規模にはなり得ません。
ですから、国内の成長領域にフォーカスしているというだけでは不十分であり、最初からグローバルな価値軸で勝負を賭ける必要がありますし、そういう事業展開を志向しない限りは見えないステージがあると思います。
国内で日々過ごしている限りはグローバルスタンダードとは「黒船」という言葉に顕著な様に「やって来る物」です。ですが、グローバルITを志向するのであれば、それを自らが仕掛ける立場になる他ありません。現実に自らグローバル成長し得る汎用的なサービスや製品を志向する他無いのです(そして、それが簡単な筈もありません)。

■なぜグローバルITを志向するのか?

ただ、スマートフォンソーシャルメディアの普及は、日本のスタートアップ環境に新しい競争のステージを用意しつつある様に思います。
スマートフォンは言うまでもなく、従来のキャリア主導型のマーケットと比べてグローバル展開を容易にしましたし、ソーシャルメディアの収益化に関して日本のスタートアップは相当先回りしたノウハウを有しています。
ですが、それを世界規模の事業として数億単位のユーザーに向けてデリバリーし得るのか?は、誰も確言できないでしょうし、これからのソーシャル分野およびスマートフォンを通じたソーシャルメディアの事業化に関しては、相当過酷な競争が予想されています。そのなかでは従来の成功体験も余り役に立たないでしょうし、場合によっては成功体験こそが足かせになる可能性もあります。
では、「なぜ、そのような大変なハードルを乗り越えても世界規模の事業展開をスタートアップとしてやるのか?」と言う問い掛けなのですが、これに関しては本当に答えは無いと思います。
ただ、少なくとも、世界規模で起こっている情報環境の大変革を目の当たりにして、それを自らの手でなんとかしたい..と思わない限りは別にやる必要は無いと思います。
これは「スタートアップを巡る制度的改善はもっとやるべきでは?」といった問い掛けに接しても感じた事なのですが、社会制度的な起業環境の改善を待たない限り起業しないと言う様なマインドセットでは、なかなか世界規模で情報環境を書き換える様な仕事は難しいのではないでしょうか?ある意味、本気でやりたい人間だけがやればいいと言う世界だと思います。

例えば、海外で遭遇する(海外のカンファレンスではちょくちょく声をかけられるのです)学生起業家予備軍の大半は中国や台湾、韓国出身の若者です。
彼らは別に制度改善など期待しておらず、単に自分の成功確度を上げる為に積極的にネットワーキングしているだけです(日本で良くある「 起業したいんですけど勇気が無くて.. 」なんていう話が出て来る感じもしません)。
そもそも現在起業する際に日本で始めなければならない理由は余り無く、しかも日本的制度に擁護されている限りはワールドワイドな規模拡大に適した様なチームやビジネスシステムは構成しづらいので、それこそ本末転倒になりかねません。

ですから、本気でグローバルITを仕掛けてみたいと言う場合にはドメスティックな事情を中心課題にして、制度改善云々を前提にしてしまうのは余り意味が無い様に思います。しかも、アニマルスピリットは本来国境と関係無く、新しい機会に対して貪欲ですから、現状制度を憂うのはナンセンス。むしろ、全く過去に存在しない成功のパターンを実現する事で社会がそれを追い掛ける様な状況を創る。そんなスタンスこそが望ましいのではないでしょうか?